貝原益軒:養生訓(中村学園版)



巻第三

貝原篤信編

飲食上

(1)人の身は元気を天地にうけて生ずれ共、飲食の養なければ、元気うゑて命をたもちがたし。元気は生命の本也。飲食は生命の養也。此故に、飲食の養は人生日用専一の補にて、半日もかきがたし。然れ共、飲食は人の大欲にして、口腹の好む処也。其このめるにまかせ、ほしゐまゝにすれば、節に過て必(ず)脾胃をやぶり、諸病を生じ、命を失なふ。五臓の初(はじめ)て生ずるは、腎を以(て)本とす。生じて後は脾胃を以(て)五臓の本とす。飲食すれば、脾胃まづ是をうけて消化し、其精液を臓腑におくる。臓腑の脾胃の養をうくる事、草木の土気によりて生長するが如し。是を以(て)養生の道は先(まず)脾胃を調るを要とす。脾胃を調るは人身第一の保養也。古人も飲食を節にして、その身を養ふといへり。

(2)人生日々に飲食せざる事なし。常につゝしみて欲をこらへざれば、過やすくして病を生ず。古人「禍は口よりいで、病は口より入」といへり。口の出しいれ常に慎むべし。

(3)論語、郷党篇に記せし聖人の飲食の法、是養生の要なり。聖人の疾を慎み給ふ事かくの如し。法とすべし。

(4)飯はよく熱して、中心まで和らかなるべし。こはくねばきをいむ。煖なるに宜し。羮(あつもの)は熱きに宜し。酒は夏月も温なるべし。冷飲は脾胃をやぶる。冬月も熱飲すべからず。気を上せ、血液をへらす。

(5)飯を炊ぐ法多し。たきぼし(:普通に炊く)は壮実なる人に宜し。ふたたびいい(:湯を入れ二度炊き)は積聚気滞(しゃくじゅきたい:胃けいれん)ある人に宜し。湯取飯(ゆとりいい:水を多くして炊く)は脾胃虚弱の人に宜し。粘りて糊の如くなるは滞塞す。硬(こわ)きは消化しがたし。新穀の飯は性つよくして虚人はあしゝ。殊に早稲は気を動かす。病人にいむ。晩稲は性かろくしてよし。

(6)凡(すべて)の食、淡薄なる物を好むべし。肥濃・油膩の物多く食ふべからず。生冷・堅硬なる物を禁ずべし。あつ物、只一によろし。肉も一品なるべし。さい(漢字なし)は一二品に止まるべし。肉を二かさぬべからず。又、肉多くくらふべからず。生肉をつゞけて食ふべからず。滞りやすし。羹に肉あらば、さいには肉なきが宜し。

(7)飲食は飢渇をやめんためなれば、飢渇だにやみなば其上にむさぼらず、ほしゐままにすべからず。飲食の欲を恣にする人は義理をわする。是を口腹の人と云(いい)いやしむべし。食過たるとて、薬を用ひて消化すれば、胃気、薬力のつよきにうたれて、生発の和気をそこなふ。おしむべし。食飲する時、思案し、こらへて節にすべし。心に好み、口に快き物にあはゞ、先(まず)心に戒めて、節に過ん事をおそれて、恣にすべからず。心のちからを用ひざれば、欲にかちがたし。欲にかつには剛を以すべし。病を畏るゝには怯(つたな)かるべし。つたなきとは臆病なるをいへり。

(8)珍美の食に対すとも、八九分にてやむべし。十分に飽き満るは後の禍あり。少しの間、欲をこらゆれば後の禍なし。少のみくひて味のよきをしれば、多くのみくひてあきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万のむくひて味のよきをしれば、多くのみくひて、あきみちたるに其楽同じく、且後の災なし。万に事十分にいたれば、必わざはひとなる。飲食尤満意をいむべし。又、初に慎めば必後の禍なし。

(9)五味偏勝とは一味を多く食過すを云。甘き物多ければ、腹はりいたむ。辛き物過れば、気上りて気へり、瘡(かさ)を生じ、眼あしゝ。鹹(しおはゆ)き物多ければ血かはき、のんどかはき、湯水多くのめば湿を生じ、脾胃をやぶる。苦き物多ければ脾胃の生気を損ず。酸き物多ければ気ちゞまる。五味をそなへて、少づゝ食へば病生ぜず。諸肉も諸菜も同じ物をつゞけて食すれば、滞りて害あり。

(10)食は身をやしなふ物なり。身を養ふ物を以、かへつて身をそこなふべからず。故に、凡(そ)食物は性よくして、身をやしなふに益ある物をつねにゑらんで食ふべし。益なくして損ある物、味よしとてもくらふべからず。温補して気をふさがざる物は益あり。生冷にして瀉(はき)下し、気をふさぎ、腹はる物、辛くし(て)熱ある物、皆損あり。

(11)飯はよく人をやしなひ、又よく人を害す。故に飯はことに多食すべからず。常に食して宜しき分量を定むべし。飯を多くくらへば、脾胃をやぶり、元気をふさぐ。他の食の過たるより、飯の過たるは消化しがたくして大いに害あり。客となりて、あるじ心を用ひてまうけたる品味を、箸を下さゞれば、主人の盛意を空しくするも快からずと思はゞ、飯を常の時より半減して さい の品味を少づゝ食すべし。此の如くすればさい多けれど食にやぶられず。飯を常の如く食して、又魚鳥などの、さい数品多くくらへば必(ず)やぶらる。飯後に又茶菓子ともち・餌(だんご)などくらひ、或後段とて麪類など食すれば、飽満して気をふさぎ、食にやぶらる。是常の分量に過れば也。茶菓子・後段は分外の食なり。少食して可也。過すべからず。もし食後に小食せんとおもはゞ、かねて飯を減ずべし。

(12)飲食の人は、人これをいやしむ。其小を養つて大をわするゝがためなりと、孟子ののたまへるごとく、口腹の欲にひかれて道理をわすれ、只のみくひ、あきみちん事をこのみて、腹はりいたみ、病となり、酒にゑひて乱に及ぶは、むけにいやしむべし。

(13)夜食する人は、暮て後、早く食すべし。深更にいたりて食すべからず。酒食の気よくめぐり、消化して後ふすべし。消化せざる内に早くふせば病となる。夜食せざる人も、晩食の後、早くふすべからず。早くふせば食気とゞこをり、病となる。凡夜は身をうごかす時にあらず。飲食の養を用ひず、少うゑても害なし。もしやむ事を得ずして夜食すとも、早くして少きに宜し。夜酒はのむべからず。若(もし)のむとも、早くして少のむべし。

(14)俗のことばに、食をひかへすごせば、養たらずして、やせおとろふと云。是養生知不人の言也。欲多きは人のむまれ付なれば、ひかえ過すと思ふがよきほどなるべし。

(15)すけ(好)る物にあひ、うゑたる時にあたり、味すぐれて珍味なる食にあひ、其品おほく前につらなるとも、よきほどのかぎりの外は、かたくつゝしみて其節にすぐすべからず。

(16)飲食ものにむかへば、むさぼりの心すゝみて、多きにすぐる事をおぼえざるは、つねの人のならひ也。酒・食・茶・湯、ともによきほどと思ふよりも、ひかえて七八分にて猶も不足と思ふ時、早くやむべし。飲食して後には必十分にみつるもの也。食する時、十分と思へば、必あきみちて分に過て病となる。

(17)酒食を過し、たゝりをなすに、酒食を消すつよき薬を用ひざれば、酒食を消化しがたし。たとへば、敵わが領内に乱入し、あだをなして、城郭を攻破らんとす。こなたよりも強兵を出して防戦せしめ、わが士卒多く打死せざれば敵にかちがたし。薬を用て食を消化するは、是わが腹中を以敵・身方の戦場とする也。飲食する所の酒食、敵となりて、わが腹中をせめやぶるのみならず、吾が用る所のつよき薬も、皆病を攻れば元気もへる。敵兵も身方の兵も、わが腹中に入乱れ戦って、元気を損じやぶる事甚し。敵をわが領内に引入て戦はんより、外にふせぎて内に入らざらしめんにはしかじ。酒食を過さずしてひかへば、敵とはなるべからず。つよき薬を用てわが腹中を敵・身方の合戦場とするは、胃の気をそこなひて、うらめし。

(18)食する時、五思あり。一には、此食の来る所を思ひやるべし。幼くしては父の養をうけ、年長じては君恩によれり。是を思て忘るべからず。或君父ならずして、兄弟・親族・他人の養をうくる事あり。是又其食の来る所を思ひて、其めぐみ忘るべからず。農工商のわがちからにはむ者も、其国恩を思ふべし。二には、此食もと農夫勤労して作り出せし苦みを思ひやるべし。わするべからず。みづから耕さず、安楽にて居ながら、其養をうく。其楽を楽しむべし。三には、われ才徳・行儀なく、君を助け、民を治むる功なくして、此美味の養をうくる事、幸甚し。四には、世にわれより貧しき人多し。糟糠の食にもあく事なし。或はうゑて死する者あり。われは嘉穀をあくまでくらひ、飢餓の憂なし。是大なる幸にあらずや。五には上古の時を思ふべし。上古には五穀なくして、草木の実と根葉を食して飢をまぬがる。其後、五穀出来ても、いまだ火食をしらず。釜・甑(こしき:せいろ)なくして煮食せず、生にてかみ食はゞ、味なく腸胃をそこなふべし。今白飯をやはらかに煮て、ほしいまゝに食し、又あつものあり、さい ありて朝夕食にあけり。且、酒醴ありて心を楽しましめ、気血を助く。されば朝夕食するごとに、此五思の内、一二なりとも、かはるがはる思ひめぐらし忘るべからず。然らば日々に楽も亦その中に有べし。是愚が臆説なり。妄にこゝに記す。僧家には食時の五観あり。是に同じからず。

(19)夕食は朝食より滞やすく消化しがたし。晩食は少きがよし。かろく淡き物をくらふべし。晩食に  さい の数多きは宜しからず。さい 多く食ふべからず。魚鳥などの味の濃く、あぶら有て重き物、夕食にあしし。菜類も薯蕷(やまのいも)、胡蘿蔔(にんじん)、菘菜(うきな)、芋根(いも)、慈姑(くわい)などの如き、滞りやすく、気をふさぐ物、晩食に多く食ふべからず。食はざるは尤よし。

(20)飯のすゑり、魚のあざれ、肉のやぶれたる、色のあしき物、臭(か)のあしき物、にえばなをうしなへる物くらはず。朝夕の食事にあらずんばくらふべからず。又、早くしていまだ熟せず、或いまだ生ぜざる物根をほりとりてめだちをくらふの類、又、時過ぎてさかりを失へる物、皆、時ならざる物也。くらふべからず。是論語にのする処、聖人の食し給はざる物なり。聖人身を慎み給ふ、養生の一事なり。法とすべし。又、肉は多けれども、飯の気にかたしめずといへり。肉を多く食ふべからず。食は飯を本とす。何の食も飯より多かるべからず。

(21)飲食の内、飯は飽ざれば飢を助けず。あつものは飯を和せんためなり。肉はあかずしても不足なし。少くらって食をすゝめ、気を養ふべし。菜は穀肉の足らざるを助けて消化しやすし。皆その食すべき理あり。然共多かるべからず。

(22)人身は元気を本とす。穀の養によりて、元気生々してやまず。穀肉を以元気を助くべし。穀肉を過して元気をそこなふべからず。元気穀肉にかてば寿(いのちなが)し。穀肉元気に勝てば夭(みじか)し。又古人の言に穀はかつべし。肉は穀にかたしむべからずといへり。

(23)脾胃虚弱の人、殊(ことに)老人は飲食にやぶられやすし。味よき飲食にむかはゞ忍ぶべし。節に過べからず。心よはきは慾にかちがたし。心つよくして慾にかつべし。

(24)交友と同じく食する時、美饌にむかえば食過やすし。飲食十分に満足するは禍の基なり。花は半開に見、酒は微酔にのむといへるが如くすべし。興に乗じて戒を忘るべからず。慾を恣にすれば禍となる。楽の極まれるは悲の基なり。

(25)一切の宿疾を発する物をば、しるして置きてくらふべからず。宿疾とは持病也。即時に害ある物あり。時をへて害ある物あり。即時に傷なしとて食ふべからず。

(26)傷食の病あらば、飲食をたつべし。或食をつねの半減し、三分の二減ずべし。食傷の時はやく温湯に浴すべし。魚鳥の肉、魚鳥のひしほ、生菜、油膩の物、ねばき物、こわき物、もちだんご、つくり菓子、生菓子などくらふべからず。

(27)朝食いまだ消化せずんば、昼食すべからず。点心などくらふべからず。昼食いまだ消化せずんば、夜食すべからず。前夜の宿食、猶滞らば、翌朝食すべからず。或半減し、酒肉をたつべし。およそ食傷を治する事、飲食をせざるにしくはなし。飲食をたてば、軽症は薬を用ずしていゆ。養生の道しらぬ人、殊に婦人は智なくして食滞の病にも早く食をすゝむる故、病おもくたる。ねばき米湯など殊に害となる。みだりにすゝむべからず。病症により、殊に食傷の病人は、一両日食せずしても害なし。邪気とゞこほりて腹みつる故なり。

(28)煮過してにえばなを失なへる物と、いまだ煮熟せざる物くらふべからず。魚を煮るにに煮ゑざるはあしゝ。煮過してにえばなを失なへるは味なく、つかへやすし。よき程の節あり。魚を蒸たるは久しくむしても、にえばなを失なはず。魚をにるに水おおきは味なし。此事、李笠翁が閑情寓寄にいへり。

(29)聖人其(その)醤(あえしお)を得ざればくひ給わず。是養生の道也。醤とはひしほ(:なめ味噌)にあらず、其物にくはふべきあはせ物なり。今こゝにていはゞ、塩酒、醤油、酢、蓼、生薑、わさび、胡椒、芥子、山椒など、各其食物に宜しき加へ物あり。これをくはふるは其毒を制する也。只其味のそなはりてよからん事をこのむにあらず。

(30)飲食の慾は朝夕におこる故、貧賤なる人もあやまり多し。況富貴の人は美味多き故、やぶられやすし。殊に慎むべし。中年以後、元気へりて、男女の色欲はやうやく衰ふれども、飲食の慾はやまず。老人は脾気よはし。故に飲食にやぶられやすし。老人のにはかに病をうけて死するは、多くは食傷也。つゝしむべし。

(31)諸(もろもろ)の食物、皆あたらしき生気る物をくらふべし。ふるくして臭(か)あしく、色も味もかはりたる物、皆気をふさぎて、とゞこほりやすし。くらふべからず。

(32)すける物は脾胃のこのむ所なれば補となる。李笠翁も本姓甚すける物は、薬にあつべしといへり。尤此理あり。されどすけるまゝに多食すれば、必やぶられ、好まざる物を少くらふにおとる。好む物を少食はゞ益あるべし。

(33)清き物、かうばしき物、もろく和かなる物、味かろき物、性よき物、此五の物をこのんで食ふべし。益ありて損なし。是に反する物食ふべからず。此事もろこしの食にも見えたり。

(34)衰弱虚弱の人は、つねに魚鳥の肉を味よくして、少づゝ食ふべし。じんぎの補にまされり。性よき生魚を烹炙よくすべし。塩つけて一両日過たる尤よし。久しければ味よからず。且滞りやすし。生魚の肉 みそ につけたるを炙煮て食ふもよし。夏月は久しくたもたず。

(35)脾虚の人(:胃腸の弱い人)は生魚をあぶりて食するに宜し。煮たるよりつかえず。小魚は煮て食するに宜し。大なる生魚はあぶりて食ひ、或煎酒(:煮詰めた料理用の酒)を熱くして、生薑わさびなどを加え、浸し食すれば害なし。

(36)大魚は小魚より油多くつかえやすし。脾虚の人は多食すべからず。薄く切て食へばつかえず。大なる鯉・鮒大に切、或全身を煮たるは、気をふさぐ。うすく切べし。蘿蔔(だいこん)、胡蘿蔔(にんじん)、南瓜、菘菜(うきな)なども、大に厚く切て煮たるは、つかえやすく、薄く切て煮るべし。

(37)生魚、味をよく調へて食すれば、生気ある故、早く消化しやすくしえつかえず。煮過し、又は、ほして油多き肉、或塩につけて久しき肉は、皆生気なき隠物なり。滞やすし。此理をしらで生魚より塩蔵をよしとすべからず。

(38)甚腥く脂多き魚食ふべからず。魚のわたは油多し。食べからず。なしもの(:塩辛)ことにつかえやすし。痰を生ず。

(39)さし身、鱠(なます)は人により斟酌すべし。酢過たるをいむ。虚冷の人はあたゝめ食ふべし。鮓は老人・病人食ふべからず、消化しがたし。殊に未熟の時、又熟し過て日をへたる、食ふべからず。ゑびの鮓毒あり。うなぎの鮓消化しがたし。皆食ふべからず。大なる鳥の皮、魚の皮のあつきは、かたくして油多し。食ふべからず。消しがたし。

(40)諸獣の肉は、日本の人、腸胃薄弱なる故に宜しからず。多く食ふべからず。烏賊・章魚など多く食ふべからず。消化しがたし。鶏子・鴨子、丸ながら煮たるは気をふさぐ。ふはふはと俗の称するはよし。肉も菜も大に切たる物、又、丸ながら煮たるは、皆気をふさぎてつかえやすし。

(41)生魚あざらけきに塩を淡くつけ、日にほし、一両日過て少あぶり、うすく切て酒にひたし食ふ。脾に妨なし。久しきは滞りやすし。

(42)味噌、性和(やわらか)にして脾胃を補なふ。たまりと醤油はみそより性するどなり。泄瀉(嘔吐や下痢)する人に宜しからず。酢は多く食ふべからず。脾胃に宜しからず。然れども積聚(しゃくじゅ:胃けいれん)ある人は小食してよし。げんそ(:*醋:濃い酢)を多く食ふべからず。

(43)脾胃虚して生菜をいむ人は、乾菜を煮食ふべし。冬月蘿蔔(らふく)をうすく切りて生ながら日に乾す。蓮根、牛蒡、薯蕷(やまのいも)、うどの根、いづれもうすく切りてほす。椎蕈、松露、石茸(いわたけ)、もほしたるがよし。松蕈塩漬よし。壷廬(ゆうがお)切て塩に一夜つけ、おしをかけ置てほしたるがよし。瓠畜(かんぴょう)もよし。白芋の茎熱湯をかけ日にほす。是皆虚人の食するに宜し。枸杞(くこ)、五加(うこぎ)、ひゆ、菊、らも(蘿*:ちぐさ)、鼓子花(ひるがお)葉など、わか葉をむし、煮てほしたるをあつ物とし、味噌にてあへ物とす。菊花は生にてほす。皆虚人に宜し。老葉はこはし。海菜(みる)は冷性也。老人・虚人に宜しからず。昆布多く食へば気をふさぐ。

(44)食物の気味、わが心にかなはざる物は、養とならず。かへつて害となる。たとひ我がために、むつかしくこしらへたる食なりとも、心にかなはずして、害となるべき物は食ふべからず。又、其味は心にかなへり共、前食いまだ消化せずして、食ふ事を好まずば食すべからず。わざととゝのへて出来たる物をくらはざるも、快からずとて食ふはあしゝ。別に使令する家僕などにあたへて食はしむれば、我が食せずしても快し。他人の饗席にありても、心かなはざる物くらふべからず。又、味心にかなへりとて、多く食ふは尤あしゝ。

(45)凡食飲をひかへこらゆる事久き間にあらず。飲食する時須臾の間、欲を忍ぶにあり。又、分量は多きにあらず。飯は只二三口、さい は只一二片、少の欲をこらゑて食せざれば害なし。酒も亦しかり。多飲の人も少こらえて、酔過さゞれば害なし。

(46)脾胃のこのむと、きらふ物をしりて、好む物を食し、きらふ物を食すべからず。脾胃の好む物は何ぞや。あたたかなる物、やはらかなる物、よく熟したる物、ねばりなき物、味淡くかろき物、にえばなの新に熟したる物、きよき物、新しき物、香よき物、性平和なる物、五味の偏ならざる物、是皆、脾胃の好む物なり。是、脾胃の養となる。くらふべし。

(47)脾胃のきらふ物は生しき物、こはき物、ねばる物、けがらはしく清からざる物、くさき物、煮ていまだ熟せざる物、煮過してにえばなを失へる物、煮て久しくなるもの、菓(このみ)のいまだ熟せざる物、ふるくして正味を失なへる物、五味の偏なる物、あぶら多くして味おもきもの、是皆、脾胃のきらふ物也。是をくらへば脾胃を損ず。食ふべからず。

(48)酒食を過し、或は時ならずして飲食し、生冷の物、性あしく病をおこす物をくひて、しばしば泄瀉すれば、必胃の気へる。久しくかさなりては、元気衰へて短命なり。つゝしむべし。

(49)塩と酢と辛き物と、此三味を多く食ふべからず。此三味を多くくらひ、渇きて湯を多くのめば、湿を生じ、脾をやぶる。湯・茶・羹多くのむべからず。右の三味をくらつて大にかはかば葛の粉か天花粉を熱湯にたてゝ、のんで渇をとゞむべし。多く湯をのむ事をやめんがためなり。葛などのねば湯は気をふさぐ。

(50)酒食の後、酔飽せば、天を仰で酒食の気をはくべし。手を以面及腹・腰をなで、食気をめぐらすべし。

(51)わかき人は食後に弓を射、鎗、太刀を習ひ、身をうごかし、歩行すべし。労動を過すべからず。老人も其気体に応じ、少労動すべし。案(おしまずき)によりかゝり、一処に久しく安坐すべからず。気血を滞らしめ、飲食消化しがたし。

(52)脾胃虚弱の人、老人などは、もち・だんご、饅頭などの類、堅くして冷たる物くらふべからず。消化しがたし。つくりたる菓子、生菓子の類くらふ事斟酌すべし。おりにより、人によりて甚害あり。晩食の後、殊にいむべし。

(53)古人、寒月朝ごとに、性平和なる薬酒を少のむべし。立春以後はやむべしといへり。人により宜かるべし。焼酒(しょうちゅう)にてかもしたる薬酒は用ゆべからず。

(54)肉は一臠を食し、菓(くだもの)は一顆(ひとつぶ)を食しても、味をしる事は肉十臠を食し、菓百顆を食したると同じ。多くくひて胃をやぶらんより、少くひて其味をしり、身に害なきがまされり。

(55)水は清く甘きを好むべし。清からざると味あしきとは用ゆべからず。郷土の水の味によって、人の性(うまれつき)かはる理なれば、水は尤ゑらぶべし。又悪水のもり入たる水、のむべからず。薬と茶を煎ずる水、尤よきをゑらぶべし。

(56)天よりすぐに下る雨水は性よし、毒なし。器にうけて薬と茶を煎ずるによし。雪水は尤よし。屋漏(あまだり)の水、大毒あり。たまり水はのむべからず。たまり水の地をもり来る水ものむべからず。井のあたりに、汚濁のたまり水あらしむべからず。地をもり通りて井に入る甚いむべし。

(57)湯は熱きをさまして、よき比の時のむはよし。半沸きの湯をのめば腹はる。

(58)食すくなければ、脾胃の中に空処ありて、元気めぐりやすく、食消化しやすくして、飲食する物、皆身の養となる。是を以病すくなくして身つよくなる。もし食多くして腹中にみつれば、元気のめぐるべき道をふさぎ、すき間なくして食消せず。是を以のみくふ物、身の養とならず、滞りて元気の道をふさぎ、めぐらずして病となる。甚しければもだえて死す。是食過て腹にみち、気ふさがりて、めぐらざる故也。食後に病おこり、或頓死するは此故也。凡大酒・大食する人は、必短命なり。早くやむべし。かへすがへす老人は腸胃よはき故に、飲食にやぶられやすし。多く飲食すべからず。おそるべし。

(59)およそ人の食後に俄にわづらひて死ぬるは、多くは飲食の過て、飽満し、気をふさげばなり。初まづ生薑に塩を少加えてせんじ、多く飲しめて多く吐しむべし。其後食滞を消し、気をめぐらす薬を与ふべし。卒中風として、蘇合円・延齢丹など与ふべからず。あしゝ。又少にても食物を早く与ふべからず。殊ねばき米湯など、与ふべからず。気弥(いよいよ)塞りて死す。一両日は食をあたへずしてよし。此病は食傷なり。世人多くはあやまりて卒中風とす。その治応ぜず。

(60)うえて食し、かはきて飲むに、飢渇にまかせて、一時に多く飲食すれば、飽満して脾胃をやぶり、元気をそこなふ。飢渇の時慎むべし。又飲食いまだ消化せざるに、又いやかさねに早く飲食すれば、滞りて害となる。よく消化して後、飲食を好む時のみ食ふべし。如此すれば、飲食皆養となる。

(61)四時老幼ともに、あたたかなる物くらふべし。殊に夏月は伏陰内にあり。わかく盛なる人も、あたたかなる物くらふべし。生冷を食すべからず。滞やすく泄瀉しやすし。冷水多く飲むべからず。

(62)夏月、瓜菓・生菜多く食ひ、冷麪をしばしば食し、冷水を多く飲めば、秋必瘧痢(:下痢を伴う急性の発熱)を病む。凡病は故なくしてはおこらず。かねてつゝしむべし。

(63)食後に湯茶を以口を数度すゝぐべし。口中清く、牙歯にはさまれる物脱し去る。牙杖にてさす事を用ひず。夜は温なる塩茶を以口をすゝぐべし。牙歯堅固になる。口をすゝぐには中下の茶を用ゆべし。是、東坡が説なり。

(64)人、他郷にゆきて、水土かはりて、水土に服せず、わづらふ事あり。先豆腐を食すれば脾胃調(ととのい)やすし。是、時珍が食物本草の注に見えたり。

(65)山中の人、肉食ともしくて、病すくなく命長し。海辺、魚肉多き里にすむ人は、病多くして命短し、と千金方にいへり。

(66)朝早く、粥を温に、やはらかにして食へば、腸胃をやしなひ、身をあたため、津液を生ず。寒月尤よし。是、張来が説也。

(67)生薑、胡椒、山椒、蓼、紫蘇、生蘿蔔(だいこん)、生葱(ひともじ)など、食の香気を助け、悪臭を去り、魚毒を去り、食気をめぐらすために、其食品に相宜しからき物を、少づゝ加へて毒を殺すべし。多く食すべからず。辛き物多ければ気をへらし、上升し、血液をかはかす。

(68)朝夕飯を食するごとに、初一椀は羹ばかり食して、さい を食せざれば、飯の正味をよく知りて、飯の味よし。後に五味の さい を食して、気を養なふべし。初より さい をまじえて食へば、飯の正味を失なふ。後にさいを食へば、さい 多からずしてたりやすし。是身を養ふによろしくて、又貧に処(す)るによろし。魚鳥・蔬菜の さい を多く食はずして、飯の味のよき事を知るべし。菜肉多くくらへば、飯のよき味はしらず。貧民は さい 肉ともしくして、飯と羹ばかり食ふ故に、飯の味よく食滞の害なし。

(69)臥にのぞんで食滞り、痰ふさがらば、少(すこし)消導の薬をのむべし。夜臥して痰のんどにふさがるはおそるべし。

(70)日短き時、昼の間、点心(てんじん)食ふべからず。日永き時も、昼は多食はざるが宜し。

(71)晩食は朝食より少くすべし。さい 肉も少きに宜し。

(72)一切の煮たる物、よく熱して柔なるを食ふべし。こはき物、未熟物、煮過してにえばなを失へる物、心にかなはざる物、食ふべからず。

(73)我が家にては、飲食の節慎みやすし、他の饗席にありては烹調・生熱の節我心にかなはず。 さい 品多く過やすし。客となりては殊に飲食の節つつしむべし。

(74)飯後に力わざすべからず。急に道を行べからず。又、馬をはせ、高きにのぼり、険路に上るべからず。

養生訓 巻第三終




中村学園教授:水上 茂樹先生の監修による、同学園デジタル版を
当ホームページに転載しております。この場をお借りして、転載
許可を快諾してくださった 水上教授に厚く御礼申し上げます。また
入力されたスタッフの皆様にも御礼申し上げます。






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