和俗童子訓(中村学園版)



和俗童子訓 巻之五

女子に教ゆる法

 男子は外に出て、師に従ひ、物を学び、朋友にまじはり、世上の礼法を見聞するものなれば、親の教えのみにあらず。外にて見聞きする事多し。女子はつねに内に居て、外にいでざれば、師友に従ひて道を学び、世上の礼儀を見習ふぺきやうなし。ひとへに親の教えを以って、身をたつるものなれば、父母の教え、怠るべからず。親の教えなくて、そだてぬる女は、礼儀を知らず。女の道にうとく、女徳をつつしまず、且女功の学びなし。是皆父母の子を愛するみちをしらざればなり。

 女子を育つるも、はじめは、大やう男子とことなる事なし。女子は他家にゆきて、他人につかふるものなれば、ことさら不徳にては、舅・夫の心にかなひがたし。いとけなくて、おひさき(生先)こもれるまど(窓)の内より、よく教ゆべき事にこそ侍べれ。不徳なる事あらば、早く戒むべし。子を思ふ道に迷ひ、愛におぼれ、姑息して、其悪き事をゆるし、其性(うまれつき)をそこなふぺからず。年に従ひて、まづ早く、女徳を教ゆべし。女徳とは女の心さまの正しくして、善なるを云。凡そ女は、かたちより、心のまされるこそ、めでたかるぺけれ。女徳をゑらばず、かたち(容)を本としてかしづくは、をにしへ今の世の、悪しき習はしなり。古のかしこき人はかたちのすぐれて見にくきいもきらはで、心ざまのすぐれたるをこそ、后妃にもかしづきそなへさせ給ひけれ。黄帝の妃ほ母(ほも)、斉の宣王の夫人無塩は、いづれも其かたちきはめてみにくかりしかど、女徳ありし故に、かしづき給ひ、君のたすけとなれりける。周の幽王の后、褒じ、漢の成帝の后、ちょう飛燕、其妹、しょうしょうよ、唐の玄宗の楊貴妃など、其かたちはすぐれたれど、女徳なかりしかば、皆天下のわざはひとなり、其身をもたもたず。諸葛孔明は、好んで醜婦を娶れりしが、色欲の迷ひなくて、智も志もいよいよ清明なりしとかや。ここを以、婦人は心だによからんには、かたち見にくくとも、かしづきもてなすべきことはり(理)たれば、心さまを、ひとへに慎みまもるべし。其上、かたちは生れ付たれば、いかに見にくしとても、変じがたし。心は悪しきをあらためて、善きにうつ(移)さば、などか移らざらん。古張華が女史の箴とて、女の戒めになれる文を作りしにも、「人みな、其かたちをかざる事を知りて、其性をかざる事を知る事なし。」といへり。性をかざるとは、む(生)まれつきの悪しきをあらためて、よくせよとなり。かざるとは、偽りかざるにはあらず。人の本性はもと善なれば、幼きより、善き道に習はば、なとか善き道にうつり、善き人とならざらんや。ここを以って、古女子には女徳をもはら(専)に教えしなり。女の徳は和・順の二をまもるべし。和(やわら)ぐとは、心を本として、かたち・言葉もにこやかに、うららかなるを云。順(したがう)とは人に従ひて、そむかざるを云。女徳のなくて、和順ならざるは、はらきたなく、人をいかりの(罵)りて、心たけく、けしき(気色)けうとく、面はげしく、まなこおそろしく見いだし、人をながしめに見、言葉あららかに、物いひさがなく口ききて、人にさきだちてさか(賢)しらし、人をうらみかこち、わが身にほこり、人をそしりわらひ、われ、人にまさりがほなるは、すべておぞましくにく(憎)し、是皆、女徳にそむけり。ここを以、女は、ただ、和順にして貞信に、なさけふかく、かいひそめて、しづかなる心のおもむきならんこそ、あらまほしけれ。

 婦人は、人につかふるもの也。家に居ては父母につかへ、人に嫁しては舅姑・夫につかふるゆへに、慎みてそむかざるを道とす。もろこしの曾大家が言葉にも、「敬順の道は婦人の大礼なり」といへり。黙れば女は、敬順の二をつねに。守るべし。敬とは慎む也。順は従ふ也。慎むとは、おそれてほしゐままならざるを云。慎みにあらざれば、和順の道も行なひがたし。凡そ女の道は順をたっとぶ、順のおこなはるるは、ひとへに慎むよりをこれり。詩経に、「戦々と慎み、競々とおそれて、深き淵にのぞむが如く、薄き氷をふむが如し。」、といへるは、をそれ慎む心を、かたどりていへり。慎みておそるる心もち、かくのごとくなるべし。

 女は、人につかふるものなれば、父の家、富貴なりとても、夫の家にゆきては、其親の家にありし時より(も)、身をひき(低)くして、舅姑にへりくだり、慎みつかへて、朝夕のつとめおこたるべからず。舅姑のために衣をぬひ、食をととのへ、わが家にては、夫につかへてたかぶらず。みづからきぬ(衣)をたたみ、席をはは(掃)き、食をととのへ、うみ・つむぎ、ぬい物し、子をそだてて、けがれをあらひ、婢多くとも、万の事に、みづから辛労をこらへてつとむる、是婦人の職分なれば、わが位と身におうぜぬほど、引さがりつとむべし。かくの如くすれば、舅、夫の心にかなひ、家人の心を得て、よく家をたもつ。又わが身にたかぶりて、人をさしつかひ、つとむべき事におこたりて、身を安楽におくは、舅ににくまれ、下人にそしられて、人の心をうしひ、其家をよくおさむる事なし。かかる人は、婦人の職分を失ひ、後のさいわひなし。慎むべし。

 古、天子より以下、男は外をおさめ、女は内をおさむ。王后以下、皆内政をつとめ行なひて、婦人の職分あり。今の世の慣ひ、富貴の家の婦女は、内をおさむるつとめうとく、お(織)り・ぬ(縫)ひのわざにおろそかなり。古、わが日の本にては、かけまくもかしこき天照大神も、みづから神衣をおりたまひ、斎服殿(いんはたどの)にましましける。其御妹稚日女尊(わかひるめのみこと)も亦しかり。是日本紀にしるせり。もろこしにて、王后みづから玄たんをおり給ふ。公侯の夫人、位貴しといへ共、皆、みづからぬをおれり。今の士、大夫の妻、安逸にほこりて、女功をつとめざるは、古法にはあらず。

 女に四行あり。一に婦徳、二に婦言、三に婦容、四に婦功。此四は女のつとめ行なふべきわざ也。婦徳とは、心だて善きを云。心貞(ただ)しく、いさぎよく、和順なるを徳とす。婦言とは、言葉の善きを云。いつはれる事をいはず。言葉を選びていひ、にげ(似気)なき悪言をいたさず。いふべき時いひて、不用なる事をいはず。人其いふ事をきらはざる也。婦容とは、かたちの善きを云。あながちに、かざりをもはら(専)にせざれども、女は、かたち(容)なよよかにて、おおし(雄々)からず、よそほひのあてはかに、身もちきれいに、いさぎよく、衣服もあかづきけがれなき、是婦容なり。婦功とは、女のつとむべきわざなり。ぬひ物をし、う(紡)み・つむ(績)ぎをし、衣服をととのへて、もはら(専)つとむべきわざを事とし、戯れ遊び・わらふ事をこのまず。食物、飲物をいさぎよくして、舅・夫・賓客にすすむる、是皆婦功なり。此四は女人の職分也。つとめずんばあるぺからず。心を用ひてつとめなば、たれもなるべきわざ也。おこたりすさみて、其職分をむなしくすべからず。

 七歳より和字(かな)を習はしめ、又おとこもじ(漢字)をもたらはしむべし。淫思なきを古歌を多くよましめて、風雅の道をしらしむべし。是また男子のごとく、はじめは、数目ある句、みじかき事ども、あまたよみおぼえさせて後、孝経の首章、論語の学而篇、曹大家(そうだいこ)が女誡などをよましめ、孝・順・貞・潔の道を教ゆべし。十歳より外にいださず、閨門の内にのみ居て、おりぬひ、うみつむぐ、わざを習はしむべし。かりにも、淫佚(いんいつ)なる事をきかせ知らしむべからず。小歌、浄瑠璃、三線の類、淫声をこのめば、心をそこなふ。かやうの、いやしきたぶ(狂)れたる事を以て、女子の心をなぐさむるは、あしし。風雅なる善き事を習はしめて、心をなぐさむべし。此比(ころ)の婦人は、淫声を、このんで女子に教ゆ。是甚だ風俗・心術をそこなふ。幼き時、悪き事を見聞・習ては、早くうつりやすし。女子に見せしむる草紙も、選ぶべし。古の事、しるせる書の類は害なし。聖賢の正しき道を教えずして、ざれ(戯)ばみたる小うた、浄瑠璃本など見せしむる事なかれ。又、伊勢物語、源氏物語など、其詞は風雅なれど、かやうの淫俗の事をしるせる書を、早く見せしむべからず。又、女子も、物を正しくかき、算数をならぶべし。物かき・算をしらざれば、家の事をしるし、財をはかる事あたはず。必ずこれを教ゆべし。

 婦人には、三従の道あり。凡そ婦人は、柔和にして、人に従ふを道とす。わが心にまかせて行なふぺからず。故に三従の道と云事あり。是亦、女子に教ゆべし。父の家にありては父に従ひ、夫の家にゆきては夫に従ひ、夫死しては子に従ふを三従といふ。三の従ふ也。幼きより、身をおはるまで、わがままに事を行なふべからず。必ず人に従ひてなすべし。父の家にありても、夫の家にゆきても、つねに閨門の内に居て、外にいでず。嫁して後は、父の家にゆく事もまれなるぺし。いはんや、他の家には、やむ事を得ざるにあらずんば、かるがるしくゆくべからず。只、使をつかはして、音聞(いんぶん)をかよはし、したしみをなすべし。其つとむる所は、舅、夫につかへ、衣服をこしらへ、飲食をととのへ、内をおさめて、家をよくたもつを以って、わざとす。わが身にほこり、かしこ(賢)だてにて、外事にあづかる事、ゆめゆめあるぺからず。夫をしのぎて物をいひ、事をほしいままにふるまふべからず。是皆、女の戒むべき事なり。詩経の詩に、「彼(かしこ)にあっても悪(にく)まるる事なく、ここにあつてもいと(厭)はるる事なし。」といへり。婦人の身をたもつは、つねに慎みて、かくの如くなるぺし。

 婦人に七去とて、悪しき事七あり。一にてもあれば、夫より逐(おい)去らるる理たり。故に是を七去と云。是古の法なり。女子に教えきかすぺし。一には父母にしたがはざるは去。二に子なければさる。三に淫なればさる。四に嫉めばさる。五に悪疾(悪しきやまい)あればさる。六に多言なればさる。七に窃盗(ぬすみ)すればさる。此七の内、子なきは生れ付たり。悪疾はやまひなり。是二は天命にて、ちからに及ばざる事なれば、婦(ふ)のとがにあらず。其余の五は、皆わが心よりいづるとがなれば、慎みて其悪をやめ、善にうつりて、夫に去(さら)れざるやうに用心すべし。凡そ人のかたちは、生まれ付たれば、あらためがたかるべけれ。心は変ずる理(ことわり)あれば、わが心だに用ひなは、などか、おろかなるより、賢きにも、移さば移らざらん。黙れば、わが悪しき生まれ付を知りて、ちからを用ひ、悪しきをあらためて、善きに移るべし。此五の内、。したまづ父母に順がはざると、夫の家にありて、。舅、姑にしたがはざるは、婦人第一の悪なり。しかれば夫の去は、ことはりなり。次に妻をめとるは、子孫相続のためなれぱ、子なけれぱさるもむべ也。されど其婦の心和(やわら)かに、行ひ正しくて、嫉妬の心なく、婦の道にそむかずして、夫・舅の心にかなひなば、夫の家族・同姓の子を養ひ、家をつがしめて、婦を出すに及ばず。或(は)又、妾に子あらば、妻に子なくとも去に及ぶべからず。次に淫乱なるは、わが夫にそむき、他の男に心をかよはす也。婦女は万の事いみじくとも、穢行(えこう)だにあらば、何事の善きも見るにたらず。是女の、かたく心に戒め、慎むべき事なり。妬めば夫をうらみ、妾をいかり、家の内みだれてをさまらず。又、高家には婢妾多くして、よつぎ(世嗣)をひろむる道もあれぱ、ねためぱ子孫繁昌の妨となりて、家の大なる害なれば、これをさるもむべ也。多言は、口がましきなり。言葉多く、物いひさがなければ、父子、兄弟、親戚の間も云さまたげ、不和になりて、家みだるるもの也。古き文にも、「婦に長舌あるは、是乱の階(はし)なり。」といへり。女の口のき(利)きたるは、国家のみだるる基となる。といふ意なり。又、尚書に、「牝鶏の晨(あした)するは、家の索(さびしくなる)也。」と云へり。鶏のめどり(牝鶏)の、時うたふは、家のおとろふるわざはいとなるがごとく、女の、男子の如く物いふ事を用るは、家のみだれとなる。凡そ家の乱(みだれ)は、多くは婦人よりをこる。婦人の禍は、必ず口よりいづ。戒むべし。窃盗とは、物ぬすみする也。夫の財をぬすみてみづから用ひ、或(は)わが父母、兄弟、他人にあた(与)ふる也。もし用ゆべく、あたふべき事あらば、舅・夫にとひ、命をうけて用ゆべし。しかるに夫の財をひめて、わが身に私し、人にあたへば、其家の賊なれば、これをさるもむべなり。女は此七去の内、五をおそれ慎みて、其家を出ざらんこそ、女の道もたち、身のさいはひともなるべけれ。一たび嫁して、其家を出され、たとひ他の富貴なる夫に嫁すとも、女の道にたがひぬれぱ、本意にあらず。幸とは云がたし。もし夫不徳にして、家、貧賎なりとも、夫の幸なきは、婦の幸なきなれば、天命のさだまれるにこそと思ひて、憂ふべからず。

 凡そ女子を愛し過して、ほしゐままにそだてぬれぱ、夫の家にゆきて、必ずおご(驕)りおこたりて、他人の気にあはず、つゐには、舅にとうまれ、夫にすさめられ、夫婦不和になり、おひ出され、はぢをさらすものおほし。女子の父母、わが教えなき事をはぢずして、舅、夫の悪しきとのみ思ふ事、おろか也。父母の教え、なかりし女子は、おつとの家にゆき、舅の教え正しければ、せはらしく、たえがたくおもひて、舅をうらみそしり、中悪しくなる。親の家にて、教えなければ、かくの如し。

 女子には、早く女功を教ゆべし。女功とは、をりぬひ、うみつむぎ、すすぎいうあらひ、又は食をととのふるわざを云。女人は外事なし。かやうの女功をつとむるを以って、しわざとす。ことにぬひものするわざを、よく習はしむぺし。早く女のわざを教えざれば、おつとの家に行て、わざをつとむる事たらず、人にそしられ、わらはるるもの也。父母となれる者、心を用ゆべし。

 凡そ女子は、家にありては、父母につかへ、夫に嫁しては、舅・夫に、したしくなれちかづきて、つかふるものなれば、其身をきよくして、けがらはしくすべからず。是又、女子のつとむべきわざたり。

 父母となる者、女子の幼きより、男女の別を正しくし、行儀を、かたく戒め教ゆべし。父母の教へなく、たはれたる行(おこない)あれば、一生の身をいたづらにすて、名をけがし、父母・兄弟にはぢをあたへ、見きく人につまはじきをせられん事こそ、口をしくあさましきわざなれ。よろづいみじくとも、ちり(塵)ばかりもかかる事あらば、玉の盃のそこなきにもをと(劣)りなん。俗のことわざに、万能一心といへるも、かかる事なり。ここを以て、女は心ひとつを貞(ただ)しく潔(いさぎよ)くして、いカなる変にあひて、たとひいのちを失なふとも、節義をかたく守るこそ、此生後の世までのめいぽく(面目)ならめ。つねに心づかひをして、身をまもる事、かた(堅)きにすぎたらんほどは、よかるべし。人にむかひ、やはらかに、ざればみて、かろ(軽)らかなるは、必ず節義をうしなひ、あやまち(過)の出くるもとい(基)なリ。和順を女徳とすると、たはれの心のわうらかにして、まもりなく、かろ(軽)びたると、其すぢかはれる事、云に及ばず。古人は兄弟といへど、幼(幼き)より男女、席(むしろ)を同じくせず、夫の衣桁に、妻の衣服をかけず、衣服も夫婦同じ器にをさめず、衣裳をも通用せず、ゆあみ(沐浴)する所もことなり。是夫婦すら別(わかち)を正しくする也。いはんや、夫婦ならざる男女は、云うに及ばず。男女の分、内外の別を正しくするは、古の道なり。

 古、女子の嫁する時、其母、中門まで送りて、戒めて曰、「なんぢが家にゆきて、必ず慎み、必ず戒めて、夫の心にそむく事なかれ。」といへり。是古の、女子の嫁する時、親の教ゆる礼法なり。女子の父母、よく此理を云きかせ、戒むべし。女子も又、よく此理を心得て、まもり行なふべし。

 又女子の嫁する時、かねてより父母の教ゆべき事十三条あり。一に曰、わが家にありては、わが父母に専ら孝を行たふ理たり。されども夫の家にゆきては、もはら舅・姑を、吾二親よりも、猶おもんじて、あつく愛み敬ひ、孝行をつくすべし。親の方をおもんじ、舅の方をかろんずる事なかれ。舅のかた(方)に、朝夕の見まひを、か(欠)くべからず。舅のかたの、つとむべきわざ、怠るべからず。若、舅の命(おおせ)あらば、慎み行なひて、そむくべからず。凡その事、舅、姑にとひて、その教えにまかすべし。舅、姑、もし我を愛せずして、そしりにくむとも、いかりうらむる事なかれ。孝をつくして、誠を以って感ぜしむれば、彼も亦人心あれば、後は必ず心やはらぎて、いつくしみある理なり。二に曰、婦人別に主君なし。夫をまことに主君と思ひて、うやまひ慎みて、つかふぺし。かろしめ、あなどるべからず。やはらぎ従ひて、其心にたがふべからず。凡そ婦人の道は、人に従ふにあり。夫に対するに、顔色・言葉づかひ、ゐんぎん(慇懃)にへりくだり、和順なるべし。いぶ(燻)りにして、不順なるべからず。おごりて無礼なるべからず、是女子第一のつとめたり。夫の教え、戒めあらば、其命にそむくべからず。うたがはしき事は、夫にとひて其命をうくべし。夫とふ事あらば、ことわりただしくこたふべし。其いらへ、おろそかにすべからず。こたへの正しからず、其理きこえざるは、無礼なり。夫もしいかりせむる事あらば、をそれて従ふべし。いかりあらそひて、其心にさか(逆)ふべからず。それ婦人は夫を以って天とす。夫をあなどる事、かへすがへす、あるぺからず、夫をあなどりそむきて、夫より、いかりせめらるるにいたるは、是婦人の不徳のはなはだしきにて、大なるはぢ也。故に女は、つねに夫をうやまひ、おそれて、慎みつかふべし。夫にいやしめられ、せめらるるは、わが心より出たるはぢ(恥)也。三に曰、こじうと・こじうとめは、夫の兄弟なれば、たさけふかくすべし。又こじうと・こじうとめに、そしられ、にくまるれば、舅の心にそむきて、わが身のためにもよからず。むつましく和睦すれば、舅の心にかなふ。しかればこじうとの心も亦、失なふべからず。又あひよめ(相嫁)をしたしみ、むつまじくすべし。ことさら夫の兄、兄よめは、あつくうやまふべし。あによめ(嫂)をば、わがあねと同じくすぺし。座につくも、道をゆくも、へりくだり、をくれてゆくべし。四に曰、嫉妬の心、ゆくゆくをこ(起)すべからず。夫婬行あらば、いさむべし。いかりうらむべからず。嫉妬はなはだしければ、其けしき(気色)・言葉もおそろしく、すさまじくして、かへりて、夫にうとまれ、すさめらるるものなり。業平の妻の、「夜半にや君がひとり行らん」とよみしこそ、誠に女の道にかなひて、やさしく聞ゆめれ。凡そ、婦人の心たけく、いかり多きは、舅、夫にうとまれ、家人にそしられて、家をみだし、人をそこなふ。女の道におゐて、大にそむけり。はらたつ事あらば、おさへてしのぶべし。色にあらはすべからず。女は物ねんじ(憂さ・つらさを忍び堪えること)して、心のどかなる人こそ、さいはい(福)も見はつる理なれ。五に曰、夫もし不義あり、あやまちあらば、わが色をやはらげ、声をよろこばしめ、気をへり下りていさむぺし。いさめをきかずして、いからば、先(まず)しばらくやめて、後に、おつとの心やはらぎたる時、又いさむべし。夫不義なりとも、顔色をはげしくし、声をいららげ、心気をあらくして、夫にさからひ、そむく事なかれ。是又、婦女の敬順の道にそむくのみならず、夫にうとまるるわざなり。六に曰、言葉を慎みて、多くすべからず。かりにも人をそしり、偽りを云べからず。人のそしリをきく事あらば、心にをさめて、人につたへかたるべからず。そしりを云つたふるより、父子、兄弟、夫婦、一家の間も不和になり、家内をさまらず。七に曰、女は、つねに心づかひして、その身をかたく慎みまもるべし。つとにをき、夜わにいね、ひるはいねずして、家事に心を用ひ、おこたりなくつとめて、家をおさめ、をりぬひ、うみつむぎ、怠るべからず。又、酒・茶など多くこのみて、くせ(癖)とすべからず。淫声をきく事をこのみて、淫楽を習ふべからず。是女子の心を、とらかすものなり。戯れ遊びをこのむべからず。宮寺など、すべて人の多くあそぷ所に、四十歳より内は、みだりにゆくべからず。八に曰、巫・かんなぎなどのわざに迷ひて、神仏をけがし、ちかづき、みだりにいのり、へつらふぺからず。只、人間のつとめをもはらになすべし。目に見えぬ鬼神(おにかみ)のかたに、心をまよはすべからず。九に曰、人の妻となりては、其家をよくたもつべし。妻の行悪しく、放逸なれば、家をやぶる。財を用るに、倹約にして、ついえをなすべからず。をご(奢)りを戒むべし。衣服、飲食、器物など、其分に従ひて、あひにあひ(相似合)たるを用ゆべし。みだりに、かざりをなし、分限にすぎるを、このむべからず。妻をごりて財をついやせば、其家、必ず貧窮にくるしめり。夫たるもの、是にうちまかせて、其是非を察せざるは、おろかなりと云べし。十に曰、わかき時は、夫の兄弟、親戚、朋友、或(は)下部などのわかき男来らんに、なづさ(なれ)ひちかづきて、まつはれ、打とけ、物がたりすぺからず。慎みて、男女のへだてをかたくすべし。いかなるとみ(曰)の用ありとも、わかき男に、ふみ(文)などかよはする事は、必ずあるべからず。しもべを閨門の内に入(いる)べからず。凡そ男女のへだて、かるがるしからず。身をかたく慎むべし。十一に曰、身のかざりも、衣服のそめいろ、もやう(模様)も、目にたたざるをよしとす。身と衣服とのけがれずして、きよ(清)げなるはよし。衣服と身のかざりに、すぐれてきよらをこのみ、人の目にたっほどなるは、あしし。衣服のもやうは、其年よりはくすみて、をい(老)らかなるが、じんじやう(尋常)にして、らうたく(上臈らしく)見ゆ。すぐれてはなやかに、大なるもやうは、目にたちていやし。わが家の分限にすぎて、衣服にきよらをこのみ、身をかざるべからず。只わが身にかなひ、似合たる衣服をきるべし。心は身の主也。たうとぶべし。衣服は身の外にある物なり、かろし。衣服をかざりて、人にほこるは、衣服よりたうとぶぺき、其心をうしな(失)へるなり。凡そ人は、其心ざま、身のふるまひをこそ、よく、いさぎよくせまほしけれ。身のかざりは外の事たれば、只、身に応じたる衣服を用ひて、あながちにかざりて、外にかがやかし、人にほこるぺからず。おろかなる俗人、又、いやしきしもべ、しづの女などに、衣服のはなやかなるをほめられたりとも、益なし。善き人は、かへりて、そしりいやしむぺきわざにこそあれ。十二に曰、わが里の親の方にわたくしし、わが舅、姑、夫の方をつぎにすべからず。正月佳節などにも、まづおつとのかたの客をつとめて、親の里には、つぎの日ゆきて、まみゆべし。夫のかたをすてて、佳節に、わが親の里に、ゆくべからず。舅・夫のゆるさざるに、父母・兄弟のかたにゆくべからず。わたくしに、親の方にをくり(贈)物すべからず。又、わが里の善き事をほこりて、ほめかたるべからず。十三に曰、下女をつかふに、心を用ゆべし。いふかひなきものは、ならはし(慣)悪しくて、ちゑなく、心かだましく、其上、ものいふ事さがなし。夫の事、舅・姑・こじうとの事など、わが心にあはぬ事あれば、みだりに其主にそしりきかせて、それをかへりて忠とおもへり。婦人もし、ちゑなくして、それを信じては、必ずうらみ出来やすし。もとより夫の家は、皆他人なれば、うらみそむき、恩愛をすつる事やすし。つつしんで、下女の言葉を信じ、大せつなる、舅・小じうとの、したしみをうすくすべからず。もし、下女すぐれてかだましく、口がましくて、悪しきものならば、早くおひやるぺし。かやうのものは、必ず家道をみたし、親戚の中をも、いひ妨ぐるもの也。をそるべし。又、下女などの、人をそしるを、きき用ゆる事なかれ。殊に、夫のかたの一類の事を、かりそめにも、そしらしむべからず。下女の口を信じては、舅、姑、夫、こじうと、などに和睦なくして、うらみそむくにいたる。つつしんで讒を信ずべからず。甚だをそるべし。又、いやしきものをつかふには、我が思ふにかなはぬ事のみ多し。それを、いかりの(罵)りてやまざれば、せはしくはらだつ事多くして、家の内しづかならず。悪しき事は、時々いひ教えて、あやまりを正すべし。いかりの(罵)るべからず。すこしのあやまちは、こらえていかるべからず。心の内には、あはれみふかくして、外には行儀かたく、戒めてをこたらざるやうにつかふべし。いるかせなれば、必ず行儀みだれ、をこたりがちにて、礼儀をそむき、とがをおかすにいたる。あたへめぐむべぎ事あらば、財をおしむべからず。但わが気に入たるとて、忠なきものに、みだりに財物をあたふぺからず。

 ○凡そ此十三条を、女子のいまだ嫁せざるまへに、よく教ゆぺし。又、書き付けてあたへ、おりおりよましめ、わするる事なく、是を守らしむべし。凡そ世人の、女子を嫁せしむるに、必ず其家の分限にすぎて、甚だをごり、花美をなし、多くの財をついやし用ひ、衣服・器物などを、いくらもかひととのへ、其余の饗応贈答のついえも、又、おびただし。是世のならはし也。されど女子を戒め教えて、其身を慎みおさめしむる事、衣服・器物をかざれるより、女子のため、甚だ利益ある事を知らず。幼き時より、嫁して後にいたるまで、何の教もなくて、只、其生まれつきにまかせぬれば、身を慎み、家をおさむる道を知らず。おつとの家にゆきて、をごりをこたり、舅、夫にしたがはずして、人にうとまれ、夫婦和順ならず。或(は)不義淫行もありて、おひ出さるる事、世に多し。是親の教えなきがゆへなり。古語に、「人よく百万銭を出して、女を嫁せしむる事をしりて、十万銭を出して、子を教ゆる事を知らず。」といへるがごとし。婚嫁の営(いとなみ)に、心をつくす十分が一の、心づかひを以て、女子を教え戒めば、女子の身を悪しく持なし、わざはひにいたらざるべきに、かくの如くなるは、子を愛する道をしらざるが故也。

 婦人は夫の家を以って、家とする故に、嫁するを帰るといふ。云意(いうこころ)は、わが家にかへる也。夫の家を、わが家として帰る故、一たぴゆきてかへらざるは、さだまれる理なり。されど不徳にして、舅、夫にそむき、和順ならざれば、夫にすさめられ、舅ににくまれ、父の家に、おひかへさるるのわざはひあり。婦人のはづべき事、是に過たるはなし。もしくは、夫柔和にして、婦の不順をこらへて、かへさざれども、かへさるべきとがあり。されば、人をゆるすべくして、人のためにゆるさるるは本意にあらず。

 をよそ婦人の、心ざまの悪しき病は、和順ならざると、いかりうらむると、人をそしると、物妬むと、不智なるとにあり。凡そ此五の病は、婦人に十人に七八は必ずあり。是婦人の男子に及ばざる所也。みづからかへり見、戒めて、あらため去べし。此五の病の内にて、ことさら不知をおもしとす。不知なる故に、五の病をこる。婦女は、陰性なり、陰は夜に属してくらし。故に女子は男子にくらぶるに、智すくなくして、目の前なる、しかるべき理をも知らず。又、人のそしるべき事をわきまへず。わが身、わが夫、わが子の、わざはひとなるべき事を知らず。つみもなき人をうらみいかり、あるは、のろ(呪)ひとこ(詛)ひ、人をにくみて、わが身ひとりたてんと思へど、人ににくまれ、うとまれて、皆わが身のあだ(仇)となる事を知らず。いとはかなく(果敢)あさまし。子を愛すといへど、姑息し、義方の教えを知らず。私愛ふかくして、かへりて子をそこなふ。かくおろかなるゆへ、年既に長じて後は、善き道を以って、教え、さとらしめがたし。只、其はなはだしきをおさへ、戒むべし。事ごとに道理を以って、せめがたし。故に女子は、ことに幼き時より、早く善き道を教え、悪しきわざを戒め、ならはしむべからず。

宝永七庚寅年初夏日

筑前州 益軒貝原篤信撰

和俗童子訓 巻之五 終




中村学園教授:水上 茂樹先生の監修による、同学園デジタル版を
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